バリ絵画の世界

バリ島の歴史
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2005年7月11日(月)
子供たちとの出会い

このフェスティバル開催中にほんとうに心が暖かくなるできごと、助けられたこと、嬉しかったことは売り子の子供たちとの出会いだった。ここでも似顔絵が仲良くなるきっかけを作ってくれた。フェスティバル2日目の午後、催しも特になく、会場内の絵の展示も見て、すっかり暇をもてあましていた私は夜のステージ会場となる円形場の席に腰かけて、舞台のお寺をスケッチしていた。よく晴れていてヤシの木が風にゆれ、気持ちの良い日だった。円形場には果物売りのおばさんたちが座って世間話に花を咲かせていて、そこに数人の人がまたひまそうに座って話しをしていた。私が絵を描いていると、目の前の席に缶ジュースやらチョコレートやポップコーンなどの駄菓子が入った肩幅くらいのバスケットを抱えた売り子の小学生くらいの男の子が座った。スポーツキャップをかぶっていてそれがよく似合っている。こっちを見て目が合うとニマッと笑って、バスケットを横におくとこっちへやってきた。絵をのぞきこんで「わあ!すごい!」と声をあげた。すると、遠巻きにしていた他の売り子の少年たちも集まってきてみんなで絵をのぞきこみはじめた。「このスケッチブック他の絵も見ていい?」スケッチブックを渡すと嬉しそうにページをめくっている。そうして、またこっちを見て今度は何か得意げに目をぱっちり開けて、口角を上にぐいっと上げている。「ねえ!僕の顔描いてもらってもいい?」そしてちょっと照れた感じでかなり遠慮がちに言う少年に私はにっこり「もちろん!じゃあ、そこの席に座って!はい!笑ってね」色えんぴつを持つと取りかかった。バリ人は肌の色が茶色いからやたらと茶色を消耗する。周りの子供達がのぞきこんではくすくす笑う。そして、服の袖をひっぱる子がいるかと思えば、「次は僕も描いて」と頼まれる。そうなると他の子たちも次々に「僕も!僕も!」となるわけで、スポーツキャップの少年にはじまり、延々と子供達の似顔絵を描くことになった。スポーツキャップの少年、アンガールダナはできあがった似顔絵を受け取ると「きゃーー!」と大きな声をあげて大喜びだ。そうして絵を顔にぺしゃっとあててくすくす笑っている。日の光に透かしたり、友達に見せたりした後、大事そうにバスケットの底にしまっているのを見て、私はとても暖かい気持ちになった。

そのうち、似顔絵は果物売りのおばちゃんも描くことになり、おじさんも描くことになり、大変なにぎわいになってしまった。そのへんに観光に来ていたジャワ島からの家族も描いたり、なんだかすごいことになった。気がつくともう夕暮れ時だ。すると、スポーツキャップの少年が私の色鉛筆のケースをとりあげ、持っていた鉛筆をしまってしまった。そうして、みんなのほうを見て「今日はもう終わり!○○○はもう疲れてるから!」と言ったのだ。なんてやさしい子なのだろう。そうしてアンガールダナは売り物のペットボトルの水を渡そうとした。「これあげる!似顔絵描いてもらったから」売り物をいただくなんていけない、と思い、私は「飲み物はもう持ってるからいいのよ」と断ると怖い顔で「だめ!もらって!」と無理矢理私の手にペットボトルを押しつけるとさっと立ち上がってバスケットを頭の上にのせてしまった。そうして、すたすたと歩いて円形場を出ようとする。ちょっと行って私を振り返った。ついて来てほしいらしい。私は立ち上がり、他の売り子さんたちに「またねー」と言われながら会場をあとにした。

アンガールダナは私が行くととても嬉しそうにして、どんどん前を歩いていく。一体どこに行く気だろうと思っていると大学内の植物が植えられている一角のところで、バスケットを石塀にぽんっと置いた。そうして自分も石塀に座ると私を手招きして横に座るようにと言うので私も隣に腰かけた。「○○○は日本から来たんだよね?日本のどこ?」すっかり名前も覚えたようで、呼び捨てされている。そうしてどうやら、アンガールダナは誰にもじゃまされないところでいろいろ話したかったようだ。私がいろいろ日本のことや、バリへ来たいきさつを話すと目を輝かせてさらに質問してきた。子供のころだったら、見知らぬ外人がいたらいろいろ聞いてみたいと思うだろうなあと思いながら、私もバリのことをいろいろ聞いた。話していると、厚揚げにピーナツソースをかけたルンピアンという食べ物を売るおじさんがやってきた。そうして、私たちの横に座ると「お腹すいたでしょ?どう?食べない?」と声をかけてきた。私がどうしようか迷っていると、アンガールダナが「ひとつください」と注文していた。そうしてお金を払うと私に「はいっ」と言って渡してくれた。慌てて代金をアンガールダナに渡そうとした。アンガールダナがそれを拒もうとすると、おじさんが「もらっておきなさい!」とアンガールダナに言い、彼はしぶしぶ受け取った。こんな小さな子供なのに、しかも自分も稼がなければならないのに、日本人といえばお金を持っているというイメージだってあるだろうに、頼りになろうとしてくれているのだろうか。そのやさしさに胸がいっぱいになり、熱くなった。

アンガールダナはバリの北部の村に住んでいて、フェスティバルの開催中だけはるばるデンパサールまで村の仲間どうしで出稼ぎにきているのだった。小学校6年になるという。デンパサール滞在中は親戚の家に泊めてもらっているというが、家の人にいじめられていて夜もよく眠れないと聞いたときには、心がとても痛かった。アンガールダナからは何枚かの手紙をもらった。家に帰ってマジックペンで一生懸命かかれた手紙には、大好きなおねえちゃんへに始まり、たくさんの想いがつづられていた。僕には○○○という名前のおねえちゃんがいる。僕はおねえちゃんのことが大好きです。僕のおうちへ遊びに来てね。など、読んでいて心がとても暖かくなった。アンガールのお母さんは小さいときに亡くなっていて、お父さんとおじいさん、おばあさんとの3人暮らしなのだった。お兄さんが1人いて、カランガッサム県で働いているらしい。