1ヶ月近くのアートフェスティバルもとうとう終わろうとするころ、いつものように会場へ行きぶらぶらしていた。売り子の子供たちにさっそく発見されて「○○○!」と呼ばれる。私は閉幕を待たずにデンパサールを今日の午後、起つのだった。前もって子供たちにもそれを告げてあって、みんなから住所を教えてもらい、訪ねる約束をしていた。最後にお別れをいいに来たのだけれど、仲良しの肝心要のアンガールダナがみつからない。「アンガールはどうしたの?」聞くとあっちだよ、と指さしてくれた。見ると1人でぷらぷら歩いている。
「おはよ!」私が後ろから声をかけるとくるりと振り向いた。そうして近くの石塀に売り物バスケットを置くと、私のほうをじっと見て、「ぼくも日本に一緒にいく!」と真剣な顔で言った。「お願い!いいって言ってよ!」言葉につまった。無理とわかっていながらも必死になって私が去っていかないようひきとめようとしている。今までは大人ぶってみせていたけれど、本当はまだ小さな子供なのだ。甘えたい時期なのだ。「私もアンガールと一緒に日本に行きたいよ。だけどね、それは今じゃない。アンガールにはお父さんがいるでしょ」「お父さんも一緒に連れていって!」こうなったらなんでもありという感じだ。最後になんといっておさめたのか思い出せないけれど、アンガールの実家へ遊びに行く約束をした。「写真を持っていくからね!絶対行くよ!」アンガールダナはとても嬉しそうだった。私の携帯電話番号を書いた紙をにぎりしめ、「うちへ来たら一緒にたこあげしたい!海が近くて風が吹いてるから!」と言う。「一緒にしようね!」そうして売り子たちのところへ戻り、みんなといろいろ話して、お昼も食べた。とうとう別れのときがきた。みんなは笑顔で「またね!元気でね!」と手を振って見送ってくれた。けれどアンガールダナが私とどうしても目を合わせてくれなかった。「アンガール!私、もう出発するんだよ!」けれどプイッと横を向いたままだ。横にいたアンガールダナが姉のように慕っている女の子がアンガールダナを小突くと、ちらっと一瞬こっちをみたがまたそっぽを向いてしまった。私はポンッとアンガールダナの肩をたたくと「元気でね!」と言って会場を後にした。とてもなんだか心残りだった。最後かもしれなかったのに、どうしてさよならの言葉すら言ってくれなかったのか。あんなにいろいろお話して仲良くなって助けてくれたのに、泣きたい気持ちだった。
そうして宿に戻ると、送迎を頼んでいたワヤンがすでに待っていた。私が荷物をまとめていると、宿のオーナーさんがやってきた。「いまね、あなたの知り合いっていう小さな男の子が来てるよ」え?まさか、と思って部屋のドアのほうを見るとアンガールダナがまさに走ってこっちへやってくるところだった。「アンガールダナ!」アンガールダナはそのまま私に抱きついた。「1人できたの?よく場所わかったね」「前に○○○の後つけてたんだ」なんとまあ。「またね!バイバイ!」そういうとアンガールダナは入ってきたときと同じように飛び出していってしまった。それはほんとうにあっという間のできごとで、でも私の心は瞬時に満たされたのだった。オーナーさんが「あの子、出ていきながらTシャツまくりあげて顔をふいていたよ。大泣きしてたよ」私にさよならいうときは笑顔だったのに、泣くのを我慢してたんだ。絶対、アンガールの家に遊びに行くからね。待っててね。私はそう心に誓った。
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